PFAS(有機フッ素化合物)の問題は、いまや世界規模の「公害訴訟」にまで発展しています。
米国では、かつて「夢の素材」と持てはやされたテフロンや撥水加工剤が、実は有害物質であり、大量の健康被害を引き起こしてきたことが明らかになり、企業に対して数十億ドル規模の損害賠償命令が相次いでいます。
一方、日本ではどうでしょうか。
汚染が報告され、健康被害が懸念されているにもかかわらず、企業の責任が問われることはほとんどなく、メディアもほとんど報じない。
なぜ、こんなに温度差があるのでしょうか?
今回は、世界で何が起き、日本では何が起きていないのかを見ていきましょう。
アメリカ:訴訟の連鎖と和解金の巨額化
まずはアメリカの動きからご紹介します。
2023年、米国の3M社は、全米の自治体に対して最大105億ドル(約1兆4千億円)の和解金を支払うことで合意しました。
これは、水道水をPFASで汚染した責任を問われたものです。
また、デュポン社も過去に数百億円規模の損害賠償命令を受けており、訴訟は今も継続中です。
これらの裁判では、企業が
有害性を知りながら製造・販売を続けた
有害情報を長年隠蔽していた
廃棄物管理や排水処理を怠っていた
といったことが、内部文書や元社員の証言で明らかにされたのです。
裁判によって、多くの被害者が補償を受ける一方、企業の社会的信頼は大きく揺らぎました。
この事実は、製品開発や企業倫理に大きな影響を与えています。
ヨーロッパ:禁止と回収が進む
ヨーロッパでも、PFASに対する規制と企業対応は急速に進んでいます。
スウェーデンやドイツでは、農地のPFAS汚染が問題化し、農産物の出荷停止や土地利用の制限が相次いでいます。
ベルギーではAGC社の工場がPFAS汚染源と特定され、周辺住民に健康調査と補償を実施。工場の操業停止も求められました。
EU全体でも、PFASの段階的全廃を目指す法案が進行中であり、「人や環境に無害な代替素材を選ぶ」企業の努力が広がっています。
日本:なぜ企業名すら報じられないのか
さて、日本ではどうでしょうか。
実際に全国各地の地下水・河川・水道水からPFASが検出されているにもかかわらず、企業名が報じられるケースはごくわずかです。
たとえば、大阪府摂津市の淀川周辺でPFAS汚染が確認された際も、地元の住民からは「あの工場が原因ではないか」と声が上がっていたにもかかわらず、メディアは沈黙。
これは単なる偶然ではありません。背景には、日本特有の構造があります。
◉ 1. 名誉毀損と企業圧力への過剰な忖度
日本では、企業名を報じる際に「風評被害」や「名誉毀損」のリスクを非常に恐れる傾向があります。
とくに大企業が相手となると、報道各社がスポンサーへの配慮から萎縮することが少なくありません。
◉ 2. 集団訴訟制度の不備
アメリカのような「クラスアクション(集団訴訟)」が、日本には存在しません。
そのため、被害者が個別に証拠を集めて訴訟を起こさねばならず、極めてハードルが高いのです。
◉ 3. 環境法の規制が弱い
現時点で、日本にはPFASを包括的に規制する法律がありません。
また、汚染の責任追及や賠償請求を可能にする制度も不十分で、結果として「企業が裁かれない」状況が続いているのです。
沈黙の代償—健康被害は誰が背負うのか
このように、企業が責任を問われず、情報が公にならなければ、被害者は自分が被害者であることすら知らないままになります。
そしてその代償は、がんや内分泌異常、子どもの免疫不全など、数十年後に現れるかもしれない健康被害として、社会全体に跳ね返ってくるのです。
それは、単に「責任逃れ」の問題ではありません。未来に対する不誠実さそのものです。
私たちにできる“沈黙への抗議”
企業名を知らされないまま、情報を与えられないまま、選ぶ自由すら奪われる社会。
私たちは、そんな状態に慣れてしまってはいけません。
以下のようなアクションが、沈黙を打ち破る第一歩になります。
自治体に対して、企業名の開示や調査報告を求める
消費者として、安全性や成分開示を重視した製品を選ぶ
環境NGOや報道機関の情報をシェアし、世論を広げる
裁判が起きた場合は傍聴や支援を通じて「声を届ける」
PFAS問題における正義とは、ただ企業を責めることではありません。
過去に何が起き、誰が何をした(あるいはしなかった)かを明らかにすることです。
それは、これからの社会に同じ過ちを繰り返させないための唯一の方法でもあります。