新しい制度や技術、働き方の導入が提案されても、「今のままでいい」「わざわざ変える必要はない」と抵抗する声が上がる――。
それは単なる保守的な性格ではなく、誰の心にも潜む心理的傾向、現状維持バイアス(Status Quo Bias)の表れです。
私たちは変化を恐れる生き物です。たとえ現状に不満があっても、「変わること」そのものが不安を呼び起こすのです。
現状維持バイアスとは
現状維持バイアスとは、変化によって得られる利益よりも、変化によって失うリスクを過大に感じてしまう心理を指します。
「今のままが一番安全」「変えるより現状を続けたほうがマシ」と考えることで、結果的に行動を止めてしまうのです。
行動経済学では、損失を避けようとする心理(損失回避バイアス)と深く関係しているとされています。
つまり、人は“得をするより、損をしない方”を無意識に選ぶ傾向があるのです。
日常生活での現状維持バイアス
職場での新システム導入
「面倒くさい」「慣れたやり方で十分」と拒む。実際には効率化につながるかもしれないのに、変化への不安が先に立つ。
健康や生活習慣
運動不足や不摂生を自覚していても、「今さら変えても遅い」「そのうちやる」と先延ばしにする。
人間関係や職場環境
不満を感じても「転職するのは怖い」「今より悪くなるかもしれない」と現状を選び続ける。
これらはすべて、「変わらないこと」を無意識に安心材料としてしまう現状維持バイアスの典型です。
社会や政治における現状維持バイアス
この心理は、個人だけでなく社会全体の停滞を生む要因にもなります。
政策改革の遅れ
新制度や法改正の提案に対し、「前例がない」「混乱が起きる」と反対が起こりやすい。結果、社会が必要な変化を逃してしまう。
環境問題への対応
気候変動の危機が叫ばれても、「産業構造を変えるのは難しい」「経済が回らなくなる」と現状を正当化する声が根強い。
教育や働き方の改革
デジタル教育やリモートワークの導入も、当初は「そんなものは長続きしない」と抵抗を受けました。しかし、実際に変化を受け入れた企業や学校は競争力を高めています。
なぜ人は変化を恐れるのか
損失への過敏さ
変化には「何かを失うかもしれない」という恐怖がつきまとう。人間はその不安に非常に敏感です。
慣れの安心感
長く続いた状態には心理的な「慣れ」が生じ、そこから離れるとストレスを感じる。
責任回避
変化を選んで失敗すると「自分のせい」になるが、現状を維持して失敗しても「仕方ない」で済む。
社会的圧力
周囲が変化に消極的だと、「自分だけ動くと浮いてしまう」と感じてしまう。
現状維持バイアスの代償
このバイアスの最大の問題は、「何もしないこと」がリスクになる時代に通用しなくなっていることです。
急速な技術革新や地球環境の変化、国際情勢の流動化――変化を恐れて立ち止まることは、結果的に後退を意味します。
「今のままでいい」は、短期的には安心をもたらしますが、長期的には機会損失と競争力の低下を招くのです。
現状維持バイアスを克服する方法
「何もしないリスク」を意識する
変化することのリスクだけでなく、変化しないことで失うものを明確にする。
小さな変化を積み重ねる
一気に大きく変えようとすると不安が強まる。日常の小さな改善を繰り返すことで抵抗が減っていく。
他者の成功事例を見る
変化を恐れず挑戦した人や組織の成果に触れると、自分も一歩踏み出しやすくなる。
「とりあえずやってみる」文化を持つ
完璧な準備よりも、まず試してみる姿勢が重要。行動することで、変化への恐怖は薄れていく。
まとめ
現状維持バイアスとは、変化を恐れ、今の状態を過大に評価してしまう心理です。
このバイアスに支配されると、個人は成長の機会を逃し、社会は未来を切り開く力を失います。
変化を避けることは一時の安心を与えますが、長期的には最大のリスクとなる。
「変えることの不安」よりも「変えないことの危険」に気づいたとき、私たちはようやく本当の安定を築けるのです。

