映画がつまらないと感じても、「せっかくチケット代を払ったから」と最後まで観てしまう。
損失が出ている事業でも、「ここまで投資したのだから」と撤退を先延ばしにしてしまう。
こうした心理の根底にあるのが、サンクコスト効果(Sunk Cost Fallacy)です。
すでに失ったコストを「取り戻そう」と考えることで、冷静な判断を失い、損失を拡大させてしまう――。
これは個人だけでなく、企業や国家にも共通する人間的な錯覚なのです。
サンクコストとは何か
サンクコスト(sunk cost)とは、「すでに支払われ、回収できない費用」を指します。
映画のチケット代、投資したお金、使ってしまった時間や労力――どれも“過去に消えたコスト”です。
経済学的には、サンクコストは意思決定に影響を与えてはならないとされています。
なぜなら、どれだけ後悔しても過去のコストは戻らないからです。
合理的な判断をするには、「これから得られる利益」と「これからかかるコスト」だけを考える必要があります。
しかし、現実には、多くの人がこの原則を守れません。「せっかくここまでやったのだから」という感情が理性を上回るのです。
日常生活に潜むサンクコスト効果
買い物
高額で買った服が似合わないとわかっていても、「高かったから捨てられない」とクローゼットに残してしまう。
恋愛や人間関係
「ここまで時間をかけてきたのだから」「情もあるし」と、冷めた関係を続けてしまう。
仕事や勉強
努力が報われないと感じても、「今さらやめられない」と続けてしまう。
これらの行動は一見“忍耐”に見えますが、実際は「過去を取り戻そう」とする心理の罠です。
経営・政治の世界でも
サンクコスト効果は、国家レベルの判断にも影響します。
戦争や大型プロジェクト
莫大な費用や人命を投じた後、「ここで撤退したら無駄になる」という理由で、さらに資源を投入してしまう。ベトナム戦争やアフガニスタン撤退の遅れなど、歴史的にもこの誤りは繰り返されてきました。
企業の新規事業
業績が伸び悩んでも、「研究開発にこれだけ費やした」「上層部が推進してきた」といった理由で撤退を決断できない。結果的に損失が雪だるま式に膨らんでいく。
こうしてサンクコストは、「失敗を認められない心理」と結びつき、組織を蝕むのです。
なぜ人は「引き返せない」と感じるのか
損失回避の心理
「今やめたら損を確定してしまう」と感じ、あがこうとする。しかし実際には、やめなければ損失はさらに拡大する。
自己正当化欲求
「自分の選択は間違っていなかった」と思いたい。そのため、過去の決断を否定することができない。
社会的圧力
周囲への説明責任やメンツの問題があり、「途中でやめると評価が下がる」と恐れる。
時間と努力の執着
「ここまで頑張った自分を無駄にしたくない」という感情が、撤退を難しくする。
サンクコスト効果を克服する方法
「今」基準で判断する
「過去に何をしたか」ではなく、「今から何をすれば最善か」で考える。
撤退の基準を事前に決めておく
事業・プロジェクトを始める前に、「この条件になったらやめる」とルールを設定しておく。
第三者の視点を取り入れる
外部の人や客観的データをもとに判断すると、感情の偏りを抑えやすい。
損失を受け入れる勇気を持つ
「損をした自分」を否定するのではなく、「学びに変えた」と考える。失敗を“経験資産”として昇華できる人ほど、次の挑戦に強い。
まとめ
サンクコスト効果とは、「過去の投資を無駄にしたくない」という感情が、合理的な判断を妨げる心理です。
このバイアスに支配されると、失敗を認めるタイミングを逃し、被害を拡大させてしまいます。
本当に重要なのは、過去ではなく“これから”。「ここまでやったのに」という言葉を「ここからどうするか」に変えられる人こそ、未来を切り拓く力を持っています。

