メディアと恐怖の拡散――「危機報道」が現状維持バイアスを増幅する

時事問題
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これまでの記事で、恐怖が人々を「変化より安定」へと導き、政治的に現状維持や保守化をもたらすことを確認してきました。

恐怖喚起は政治家の演説や選挙戦略で直接利用されるだけでなく、メディアの存在を通じて拡散・増幅される点に大きな特徴があります。

現代社会では、テレビ、新聞、そしてSNSといった情報の流通経路が、恐怖を社会全体に広げる「拡声器」として機能しているのです。

本記事では、恐怖がメディアによってどのように拡散され、人々の心理や投票行動に影響を与えるのかを考えていきます。

 

危機報道の「見出し効果」

新聞やテレビのニュースを思い浮かべてください。大災害、テロ事件、感染症の流行など、危機を伝えるニュースは往々にしてトップニュースに据えられ、大きな見出しや映像で報じられます。

これは単なる編集上の選択にとどまりません。人間の心理は「恐怖」や「危険」に敏感に反応するようにできています。

行動経済学の用語でいえば、利用可能性ヒューリスティック(availability heuristic) によって、人々は「印象に残った出来事」を過大に評価します。

たとえば、ある国で地震が頻発しているとテレビで繰り返し報じられれば、「自分の地域でもすぐに大地震が来るかもしれない」と感じやすくなります。結果として、「災害対応を掲げる与党を支持した方が安全だ」という現状維持バイアスが強化されるのです。

 

恐怖とエコーチェンバー効果

現代の情報環境では、SNSが恐怖を拡散する大きな舞台となっています。

SNSではアルゴリズムによって「自分が関心を示した情報」が繰り返し表示されます。

そのため、災害や危機に関する不安を一度検索すると、それに関連する情報が次々に流れてくるのです。これを エコーチェンバー効果 と呼びます。

結果として、人々は客観的なリスクよりも、はるかに大きな恐怖感を抱きやすくなります。そして「危機に備えるには変化より安定を」と考え、与党や強権的リーダーを支持する傾向が強まるのです。

 

恐怖とフェイクニュース

さらに厄介なのは、恐怖が「フェイクニュース」と結びつくことです。恐怖を喚起する情報は、人々の注意を引きやすく、また拡散されやすいという特徴があります。

たとえば「来週、大地震が起こる」という根拠のない噂がSNSで拡散されると、それを見た人々は科学的に正しいかどうかよりも「怖い」と感じて共有します。

結果として不安が一気に広がり、社会全体の心理が揺さぶられるのです。

この現象は選挙時にも利用されることがあります。「野党が政権を取れば国防が崩壊する」といった誇張や虚偽の情報が出回り、それを信じた有権者が「やはり与党の方が安心だ」と判断してしまう。

恐怖とフェイクニュースの組み合わせは、民主主義にとって深刻な脅威となります。

 

メディア倫理とリスクコミュニケーション

では、メディアは恐怖を伝えるべきではないのでしょうか。もちろん、危機を報じることは市民の安全に不可欠です。しかし問題は「伝え方」にあります。

過度にセンセーショナルな見出しを避ける
科学的根拠を明確に示す
危機だけでなく、対処法や回復の見通しも伝える

こうした報道姿勢は、恐怖を必要以上にあおらず、冷静な判断を助けるものとなります。これを専門的には リスクコミュニケーション と呼びます。

恐怖を拡散させるのではなく、正確なリスク理解を促すことこそが、メディアに求められる役割です。

 

恐怖拡散の政治的帰結

メディアが恐怖を拡散すると、選挙戦において与党が有利になります。与党は「現政権が国民を守る」というメッセージを発信しやすく、恐怖を背景に支持を固められるからです。

一方で、野党は「変化によってより良い未来を」という訴えを行っても、恐怖の空気の中では「そんな理想を語っている場合ではない」と受け止められがちです。

つまり、メディアによる恐怖の増幅は、事実上、与党に有利な「見えない援護射撃」となってしまうのです。

 

まとめ

メディアは危機を大きく報じることで恐怖を拡散し、現状維持バイアスを強める。

SNSはエコーチェンバー効果によって恐怖を拡大し、フェイクニュースも拡散しやすい。

恐怖報道は与党に有利に働き、野党の「変化の訴え」をかき消してしまう。

健全な民主主義のためには、メディアのリスクコミュニケーションが不可欠である。

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