国際的事例に学ぶ―9.11後のアメリカと恐怖による保守化

時事問題
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これまでの回で見てきたように、恐怖は人々の心理を「変化より安定」へと導き、政治的に現状維持や保守的態度を強める作用を持ちます。

今回はその理論を具体的な歴史的事例に照らして確認していきましょう。とりわけ顕著な例が、2001年9月11日に起きた同時多発テロ事件後のアメリカです。

 

9.11テロと急上昇した大統領支持率

2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルにハイジャック機が突入し、アメリカ本土が前例のない規模で攻撃を受けました。この事件は全米に深い恐怖と衝撃を与え、人々の生活観や価値観を一変させました。

事件直後、当時のジョージ・W・ブッシュ大統領の支持率は一気に跳ね上がり、9月中旬には90%近くに達しました。これはアメリカ政治史上でも異例の高さです。

ブッシュ大統領自身の政治的能力が急に向上したわけではなく、国民が「恐怖」に直面したとき「既存のリーダーにしがみつく」心理を示した典型例だといえます。

 

愛国心と「団結」の高まり

テロ直後、アメリカでは「United We Stand(私たちは団結する)」というスローガンが広がりました。国旗を掲げ、軍や政府への支持を表明することが社会的規範となり、政府に対する批判的な声はかき消されました。

この現象は心理学の テロマネジメント理論(Terror Management Theory, TMT) で説明できます。人は死や破滅の恐怖に直面すると、自らの文化的世界観にしがみつきやすくなります。

9.11後のアメリカでは、「自由の国アメリカ」「我々の価値を守る」というナショナリズムが強く前面に出たのです。

 

「愛国者法」による自由の制限

恐怖の高まりは、政策面にも大きな影響を及ぼしました。その象徴が2001年に制定された「愛国者法(USA PATRIOT Act)」です。

この法律は、テロ防止の名のもとに、市民への監視権限を政府に大幅に拡大しました。

電話やインターネットの盗聴、図書館での貸し出し履歴の調査など、プライバシーを大きく侵害する条項が含まれていました。しかし当時は「安全のためには仕方ない」と広く受け入れられたのです。

これは、前回の記事で触れた「安全の名のもとに自由が制限される」典型例です。恐怖が続く社会では、市民は自ら進んで権力者に大きな裁量を与え、結果的に自由を失ってしまうのです。

 

「恐怖→保守化」の実証研究

政治心理学の研究では、9.11後のアメリカ人がより保守的な態度を取るようになったことが確認されています。

移民や少数派に対する排他的な意見が強まった
軍事行動や強硬な安全保障政策への支持が高まった
「強いリーダー」への依存が増した

こうした変化は一時的なものにとどまらず、アメリカ社会の政治的風土に長期的な影響を及ぼしました。2003年のイラク戦争開戦も、9.11によって生まれた恐怖と保守化の延長線上で理解することができます。

 

他国における恐怖政治の事例

9.11後のアメリカに限らず、恐怖が政治を動かした事例は世界各地に存在します。

フランス(2015年パリ同時多発テロ)
テロ直後、非常事態宣言が発令され、警察の権限が拡大。テロ対策を掲げる保守政党への支持が一時的に高まりました。

東欧諸国の難民危機(2010年代後半)
移民や難民流入の「脅威」が強調され、反移民政党が台頭。国民の不安を背景に強権的政策が支持されました。

日本(東日本大震災2011年)
政権交代直後の民主党政権は未曾有の災害対応に追われ、十分に国民の信頼を得られませんでした。その後、与党は「危機管理能力」の不足を攻撃され、政権は短命に終わりました。これもまた「恐怖と不安」が政治選好を大きく左右した例です。

 

恐怖は政治の「燃料」となる

9.11後のアメリカの事例は、恐怖が政治的にいかに強力な燃料となるかを示しています。恐怖は人々を保守化させ、与党や強権的リーダーに有利に働きます。しかし同時に、それは自由や多様性を犠牲にし、民主主義を弱めるリスクを伴います。

国際的な事例を通じて見えてくるのは、「恐怖そのものをなくすことはできないが、それにどう向き合うかで社会の方向性は大きく変わる」という事実です。

 

まとめ

9.11後のアメリカでは、国民が恐怖に直面した結果、大統領支持率が急上昇し、保守化が進んだ。

「愛国者法」に見られるように、安全の名のもとで自由が制限された。

同様の現象はフランス、東欧、日本など各国でも観察されている。

恐怖は政治に強力な力を与えるが、それは同時に民主主義の健全性を危うくする。

次回は、この「恐怖の拡散」において大きな役割を果たす メディアの存在 に焦点を当てます。報道やSNSがどのように不安を増幅し、現状維持バイアスを強めるのかを検討していきます。

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