私たちは今日、書店やインターネットを通じて簡単に聖書を手にすることができます。しかし、聖書が現在のように一般の人々に広く読まれるようになったのは、実はそれほど古い時代ではありません。
聖書そのものは約40人の著者によって約1500年にわたって記された書物ですが、その内容が広く人々の手に渡るまでには長い年月を要しました。今回は、聖書がどのようにして一般社会へ普及していったのかを見てみたいと思います。
手書きの時代 ― 聖書は非常に貴重な書物だった
15世紀半ばまで、聖書はすべて手書きで写されていました。
当時は印刷技術が存在しなかったため、修道院の写字生たちが一文字ずつ丁寧に書き写していました。聖書一冊を完成させるには数か月から数年を要し、多くの労力と費用が必要でした。
そのため、聖書は主に教会や修道院、大学などが所有するものであり、一般の人々が個人的に所有することはほとんどできませんでした。
また、中世ヨーロッパではラテン語が教会の共通言語として用いられていましたが、一般庶民の多くはラテン語を理解できませんでした。たとえ聖書があったとしても、自由に読める状況ではなかったのです。
活版印刷の発明が歴史を変えた
聖書普及の歴史を大きく変えたのが、15世紀にドイツのヨハネス・グーテンベルクによって実用化された活版印刷術でした。
1450年代に印刷された「グーテンベルク聖書」は、世界初の大規模印刷聖書として知られています。
それまで何か月もかかっていた写本作業が大幅に短縮され、同じ内容の書物を大量に作ることが可能になりました。
もっとも、この時代の聖書は依然としてラテン語で印刷されており、一般庶民が自由に読むためのものではありませんでした。しかし、印刷技術の誕生によって、後の聖書普及への道が開かれたことは間違いありません。
宗教改革によって自国語の聖書が広まる
聖書が本格的に一般社会へ普及し始めたのは16世紀の宗教改革の時代です。
宗教改革者マルティン・ルターは、「信徒一人ひとりが自ら聖書を読むべきである」と主張しました。そして1522年に新約聖書をドイツ語に翻訳し、その後旧約聖書も含めた全訳聖書を完成させました。
同じ頃、イングランドではウィリアム・ティンダルが原語から英語への翻訳を進めました。
これによって、それまで聖職者の説明を通してしか接することのできなかった聖書を、一般の人々が自ら読むことが可能になったのです。
印刷技術と自国語翻訳という二つの要素が結び付いたことにより、聖書は急速に広まっていきました。
17世紀以降、家庭に聖書が置かれるようになる
17世紀になると、1611年に出版された「欽定訳聖書(King James Version)」が英語圏で広く読まれるようになりました。
この聖書はその後数百年にわたり英語圏の標準的な聖書として用いられ、英語そのものにも大きな影響を与えました。
さらに18世紀から19世紀にかけては、各国で聖書協会が設立され、大量印刷と低価格化が進みます。
その結果、それまで一部の教会や学者だけが所有していた聖書が、多くの家庭にも普及するようになりました。
現在では世界中の数千の言語に翻訳され、人類史上最も広く読まれている書物となっています。
まとめ
聖書は古代から存在していましたが、長い間は手書きの貴重な書物であり、一般の人々が自由に読むことは困難でした。
しかし15世紀の活版印刷術の発明によって大量生産が可能となり、16世紀の宗教改革によって自国語への翻訳が進められたことで、聖書は広く一般社会へ普及していきました。
したがって、「聖書が一般の人々に広く読まれるようになったのはいつか」という問いに対しては、「16世紀の宗教改革以降に普及が始まり、18~19世紀に家庭レベルまで広がった」と答えることができるでしょう。
聖書の普及の歴史は、単なる出版技術の発展の歴史ではありません。それは、人々が神の言葉を自らの言語で読み、自ら考え、自ら信仰を深めることができるようになった歴史でもあるのです。
