同じ会社の人を自然にかばってしまう。
同じ出身地の人に親近感を覚える。
政治やスポーツでも、「自分の陣営」が正しく、「相手が悪い」と感じてしまう。
このような心理の背景にあるのが、内集団バイアス(In-group Bias)です。
人は無意識のうちに「自分が属する集団」を好み、それ以外の集団を過小評価する傾向を持っています。
この心の働きは人間関係を深める一方で、社会の分断や偏向報道の温床にもなります。
内集団バイアスとは
内集団バイアスとは、自分の所属する集団(内集団)を、他の集団(外集団)よりも好意的に評価する傾向を指します。
心理学者ヘンリー・タジフェル(Henri Tajfel)らによる「社会的アイデンティティ理論」で説明される現象です。
人は「自分はどんな集団に属しているか」で自我を形作るため、自分の集団が優れていると感じることが、自己価値の維持につながります。
内集団バイアスの実験的証拠
タジフェルの有名な実験では、学生を無作為に2つのグループに分け、「絵画の好みが似ている」というだけの理由でグループA、グループBとラベル付けしました。
すると学生たちはすぐに「自分のグループの人に多くの報酬を与える」ようになり、他方のグループには不利な選択をするようになったのです。
つまり、実際の利害や関係がなくても、人は「仲間」と「他人」を分けて判断してしまうのです。
日常に見られる内集団バイアス
会社や職場
「うちの部署は頑張っているのに、あの部署は動きが遅い」
→ 部署間の対立や責任転嫁が起きやすくなる。
学校や地域社会
「地元の人は温かい」「あの地域の人は冷たい」
→ 無意識の地域差別や固定観念を生む。
政治や思想の分断
「自分の支持政党は正義」「反対派は危険」
→ SNSでは“仲間”だけをフォローし、“敵”を攻撃する構図が生まれる。
メディア報道
報道機関が自国・自社・特定の政党を「内集団」とみなすことで、無意識のうちにバランスを欠いた報道が行われることがある。
内集団バイアスと他の心理効果との関係
選択的露出:仲間の意見ばかりを見る
確証バイアス:自分の集団の考えを裏付ける情報だけを信じる
集団同調バイアス:内集団での意見に逆らえない
偽の合意効果:「仲間の意見=世間の常識」と錯覚する
このように、内集団バイアスは他のバイアスを“連鎖的”に引き起こす、非常に根深い心理的傾向です。
内集団バイアスの社会的影響
分断と対立の拡大
「私たち vs 彼ら」という構図が生まれ、社会全体が敵対的になる。
客観性の喪失
事実よりも「どちらの側の情報か」で判断してしまう。
組織の閉鎖性
外部からの批判や新しい意見を受け入れにくくなる。
不公正の温床
身内びいきが人事・採用・政治判断に影響し、真の能力主義を損なう。
現代における“デジタル内集団”
SNSやオンラインコミュニティでは、「共通の意見」「共通の敵」を持つことで形成されるデジタル内集団が拡大しています。
こうしたグループは結束が強く、反対意見を排除する傾向が強まります。
「同意しないなら出ていけ」
「批判する人は敵だ」
このような空気が広がると、議論の場が“信仰集団”のように閉ざされ、真実への探求よりも“仲間意識の維持”が優先されてしまうのです。
内集団バイアスを克服するための方法
「私たち」という言葉を慎重に使う
“私たち”が誰を含み、誰を排除しているのかを意識する。
外集団の視点を取り入れる
他の集団の立場から同じ問題を見直す。たとえば「彼らがどう見ているか?」を考える。
多様な集団に同時に属する
人は複数のアイデンティティ(職業・趣味・地域など)を持つことで偏りを和らげられる。
“敵”を理解する努力をする
反対者の意見を「敵視」ではなく「教材」として扱う。
事実と立場を分けて考える
「誰が言ったか」よりも「何を言っているか」を評価する。
まとめ
内集団バイアスとは、自分の属する集団を過剰に好み、他集団を軽視する心理的傾向です。
それは人間の本能に根ざした安心の仕組みですが、同時に分断・偏見・閉鎖性を生む危険な要素でもあります。
健全な社会を築くためには、「自分たち」だけでなく「彼ら」も含めた全体像を見ようとする意識が不可欠です。
真の知性とは、仲間を守る勇気ではなく、仲間の外にも誠実であろうとする勇気にこそ宿るのです。

