私たちは日々の生活の中で、無意識に過去の人間関係に影響を受けながら生きています。
その「過去」を静かに振り返り、自分の心を見つめ直す──それが内観療法(ないかんりょうほう)です。
この療法は、日本人である吉本伊信(よしもと・いしん)によって確立されたもので、仏教の修行法「身調べ(みしらべ)」をもとに、現代人向けに体系化された独自の心理療法です。
内観療法の基本的な考え方
内観療法では、特定の人との関係を「ある時期」に区切って振り返ります。そして、次の3つの質問を自分に問いかけていきます。
①その人にしてもらったこと
②その人にして返したこと
③その人に迷惑をかけたこと
たとえば、「母について、小学校時代を振り返る」といった形で、その時期に母から何をしてもらったか、自分は何を返したか、そして迷惑をかけたことは何かを具体的に思い出していきます。
この過程を通して、感謝や反省、そして新たな気づきが自然に生まれてくるのです。
記録ノートの例:母について(小学校時代)
内観の際には、思い出したことをノートに書き出すことがあります。
以下は一例です。
ここで大切なのは、感情ではなく「事実・行動」に注目することです。
集中内観のスケジュール
内観療法は、日常生活の中で短時間行う「日常内観」もありますが、最も本格的なのは施設にこもって数日間行う集中内観です。
ここでは、その1日のスケジュール例をご紹介します。
時間 内容
5:30 起床
6:00 内観開始
7:00 接心(面接者との短い面接)
8:00 朝食(静かに食べる)
8:30 内観
10:00 接心
12:00 昼食
13:00 内観
15:00 接心
17:00 夕食
18:00 内観
20:00 接心
21:00 就寝準備・消灯
このように、一日を通して静寂と集中の中で自己と向き合う時間が続きます。
「接心(せっしん)」と呼ばれる面接は1回あたり数分で、指導者に現在の内観内容を報告するだけ。アドバイスや評価は基本的にありません。
内観療法の適応と効果
内観療法は、以下のような場面で効果が期待されています。
●家族関係の改善
●アルコールや薬物などの依存症
●うつ症状の軽減
●少年院・刑務所などでの更生支援
また、企業研修や学校教育の現場でも導入されることがあり、人間関係を見つめ直す機会として注目されています。
おわりに
内観療法は、非常にシンプルでありながら深い効果をもたらす、日本独自の心理療法です。
忙しい日常の中ではなかなかできない「自分と静かに向き合う時間」を持つことで、新しい視点が生まれ、心の平安を取り戻すきっかけにもなります。
もし関心をお持ちでしたら、まずは「母について、昨日1日を振り返る」といった短時間の内観から始めてみるのもおすすめです。